こないだ一緒にやらせてもらったアーティストに「化楽」っていう二人組みがいてた。二人のうち、コーラス担当の方が居酒屋をやってるって聞いたから、さっそく検索ぅ!(森田・・・ヤメトコ)ほしたら、家からめっさ近いのよ、これが!
っちゅーわけで早速行って来ました、昨日。二階建てのビルで、一階はなんかスナックなんかなんなのかよくわからん店で、ちょいと細めの階段を上がった所にありましたよ!「居酒屋ジャンボリー」。
ついに来ましたよ!「居酒屋ジャンボリー」!!
白○屋とか○犬伝とかの大型居酒屋や、そこらへんにある普通の居酒屋と違って、どっちかっていうとBERに近い雰囲気ですごく静かでリラックスできる空間やったなあ。
俺ってほら、高二ん時に堺市から河内長野に来たわけやん?こっちにあんま知り合いおらんのよ。
で、今回地元でSCRAP FACTっていうバンドに参加させてもろて、ライブやる毎になんか知り合い増えてきて、んでその中の一人が居酒屋さんやってて、そこに飲みに行ったら覚えてくれてて・・・。みたいなん、なんか凄く嬉しくてね。どう書いたらええんかわけわからんなってきたけど、音楽やっててよかったなって自然に思えてきたね。なんかね、ドラムの上手いとか下手とか、テクあるとかスピード早いとかそんな事がだんだんどうでもよくなってきてさ、今は曲にあったドラムってどんなんやろ?ってよく考える。 木で仏像とか作る人が、その木にはすでに仏像が入っててそれを掘り出してるだけ、みたいな感じで、答えは一つだけじゃないと思うけど、俺にしか思い浮かばん、俺にしか叩けんドラミングってのを曲毎に探して行こうかなと。
話がそれまくったな・・・。とにかく、引っ越して来てから十数年。一応大人になって、酒の飲み方もそこそこ覚えて、やっと自分の飲み屋っていうんかな?そんなんが見つかってめっちゃ嬉しいわけよ。
こんな文章で伝わるんかな・・・?
もし河内長野に俺を訪ねてくれる人あった時は、「居酒屋ジャンボリー」おごるわな。
2007年8月20日月曜日
酒の力
お酒ってすごいよな。なんかすごい力持ってるよな。
昨日は堺市三国ヶ丘にある「FAZZ」ってとこで、俺がドラムで参加させてもーてるSCRAP FACTっていうバンドのライブやったんよ。
アコースティックイベントやったからバンド形式なん俺らだけやってんけど、実は俺っち今までアコースチックをあんま好まんかったんよ。やっぱドラムやってるわけやし、対バンするバンドのドラムがどんなもんなんかっていうのも楽しみにしてきたから、今回のライブはかなりクールに臨んだわけ。しかも俺らトリやったから、当然リハは一発目やったんよね。モチロン、リハもクールにやってましたよ。
で、俺らのリハが終わって次々とアコースティックのリハ・・・。もうね、アコースティック!ばかにしててごめん!って感じでね。なんせ綺麗!この一言に尽きるね。なんかね、涼しくなったもんね。気持ちが。あんま気持ちよすぎて、かなりの眠気にも襲われたよ。
で、こっからが本題やねんけど俺ってほら、人見知りするタイプじゃん?今回の参加アーティストの中で数人知ってる人おったんやけど(ま、一人二人の世界やねんけど)けっこう輪に入って行くの苦手な人やん?全リハが終了するまで、けっこう孤独感味わってたわけですよ。けど、リハ終わって、皆で「王将」に行くっていうから、ズルズル付いて行ったのね。で、もちろん二十歳過ぎてるわけやからビール頼むわな?ほしたら、なんと!いつの間にやら打ち解けれてるやん!俺! なんか知らんけど仲良くなれてるやん!皆と!
すげ~ぜ酒!最高だぜ!酒!!!
ってな感じで、いろんなハプニングはあったけどSCRAPデビューとしては上々やったんやないかなと思う今日この頃。
ん?酒がないと打ち解けられへん俺って、社交性無いんか・・・
昨日は堺市三国ヶ丘にある「FAZZ」ってとこで、俺がドラムで参加させてもーてるSCRAP FACTっていうバンドのライブやったんよ。
アコースティックイベントやったからバンド形式なん俺らだけやってんけど、実は俺っち今までアコースチックをあんま好まんかったんよ。やっぱドラムやってるわけやし、対バンするバンドのドラムがどんなもんなんかっていうのも楽しみにしてきたから、今回のライブはかなりクールに臨んだわけ。しかも俺らトリやったから、当然リハは一発目やったんよね。モチロン、リハもクールにやってましたよ。
で、俺らのリハが終わって次々とアコースティックのリハ・・・。もうね、アコースティック!ばかにしててごめん!って感じでね。なんせ綺麗!この一言に尽きるね。なんかね、涼しくなったもんね。気持ちが。あんま気持ちよすぎて、かなりの眠気にも襲われたよ。
で、こっからが本題やねんけど俺ってほら、人見知りするタイプじゃん?今回の参加アーティストの中で数人知ってる人おったんやけど(ま、一人二人の世界やねんけど)けっこう輪に入って行くの苦手な人やん?全リハが終了するまで、けっこう孤独感味わってたわけですよ。けど、リハ終わって、皆で「王将」に行くっていうから、ズルズル付いて行ったのね。で、もちろん二十歳過ぎてるわけやからビール頼むわな?ほしたら、なんと!いつの間にやら打ち解けれてるやん!俺! なんか知らんけど仲良くなれてるやん!皆と!
すげ~ぜ酒!最高だぜ!酒!!!
ってな感じで、いろんなハプニングはあったけどSCRAPデビューとしては上々やったんやないかなと思う今日この頃。
ん?酒がないと打ち解けられへん俺って、社交性無いんか・・・
2007年8月6日月曜日
お疲れ様。
2007年8月4日午前6時3分。祖母が旅立った。享年86歳。大正・昭和・平成を生き、その最後の顔はとても綺麗で幸せそうやった。けど人間生きてるといろんな事があるわけで、お婆ちゃんも例外やない。その生き様を聞いた範囲、知ってる範囲で残そうと思う。名を「植浦トマヱ」。生年月日はおかんの記憶が曖昧な為後日記載(おかんがボケてるわけではない)。二十歳で「美智子」という子供を授かり、4年後「良子」を授かる。これがうちのおかんなわけで、その4年後「幸夫」を授かり、さらにその4年後「昇」が産まれる。
そして、「昇」が産まれてすぐに旦那さん、つまりお爺ちゃんが亡くなる。39歳やったらしい。そっから女手一つで4人の子を育て立派に所帯を持たせ、晩年は長男の家で穏やかに過ごしてた。
俺のたくさんの従兄弟の中に「伸治」っていう子がおった。「幸夫」の長男で、母親似のめっちゃ可愛い子やった。けど俺が5歳の時、不慮の事故で帰らん人となった。享年4歳・・・。その時はお婆ちゃんが世話してて、ちょっと目を話した隙に道路に飛び出し・・・。
その事が原因で、叔母と想像もでけんぐらいの確執があったらしい。俺らの前じゃいつも明るいマイペースなお婆ちゃんやったけど、罪の意識っちゅうんか後悔の念をずっと持ってたんやないかな・・・。
けど、叔母とのたくさんの対話や周りの人の仲介があって、確執も徐々に解けていきお婆ちゃんの世話を献身的に見てくれた。ホンマの親子以上に・・・。
お婆ちゃんは兵庫県川西市に住んでたから、大阪の南の方に住んでる俺らは多くて年に数回、まったく会いに行けん年もあったから、うちのおかんも叔父叔母にはいつも感謝してた。87年も生きてるからもっと波乱万丈やったんやろうけど俺の知ってるお婆ちゃんってのは、悲しいけどこんだけ・・・。細かい思い出はもっともっとあるけど、それらは俺の胸にしまいこんどくわ。
8月3日、月末月初めが忙しい俺はやっと病院にお見舞いに行けた。お婆ちゃん直結の親族で最後やったみたい。で、俺らが帰った6時間後、一番苦労を掛けたであろう次男(末っ子)「昇」に看取られ他界。もしかして俺を待っててくれたんかな?と都合良く考えてみる。
それもあったかもせえへんけど、奇しくも8月4日は「伸治」の命日。
たぶんお婆ちゃんはずっと願ってたんやろな。「伸治」と同じ日に・・・って。
今頃は、お爺ちゃんと伸ちゃんと手を繋ぎ合って笑顔で俺らを見守ってくれてんやろなって思うわ。
ゆっくり休んでください・・・。
そして、「昇」が産まれてすぐに旦那さん、つまりお爺ちゃんが亡くなる。39歳やったらしい。そっから女手一つで4人の子を育て立派に所帯を持たせ、晩年は長男の家で穏やかに過ごしてた。
俺のたくさんの従兄弟の中に「伸治」っていう子がおった。「幸夫」の長男で、母親似のめっちゃ可愛い子やった。けど俺が5歳の時、不慮の事故で帰らん人となった。享年4歳・・・。その時はお婆ちゃんが世話してて、ちょっと目を話した隙に道路に飛び出し・・・。
その事が原因で、叔母と想像もでけんぐらいの確執があったらしい。俺らの前じゃいつも明るいマイペースなお婆ちゃんやったけど、罪の意識っちゅうんか後悔の念をずっと持ってたんやないかな・・・。
けど、叔母とのたくさんの対話や周りの人の仲介があって、確執も徐々に解けていきお婆ちゃんの世話を献身的に見てくれた。ホンマの親子以上に・・・。
お婆ちゃんは兵庫県川西市に住んでたから、大阪の南の方に住んでる俺らは多くて年に数回、まったく会いに行けん年もあったから、うちのおかんも叔父叔母にはいつも感謝してた。87年も生きてるからもっと波乱万丈やったんやろうけど俺の知ってるお婆ちゃんってのは、悲しいけどこんだけ・・・。細かい思い出はもっともっとあるけど、それらは俺の胸にしまいこんどくわ。
8月3日、月末月初めが忙しい俺はやっと病院にお見舞いに行けた。お婆ちゃん直結の親族で最後やったみたい。で、俺らが帰った6時間後、一番苦労を掛けたであろう次男(末っ子)「昇」に看取られ他界。もしかして俺を待っててくれたんかな?と都合良く考えてみる。
それもあったかもせえへんけど、奇しくも8月4日は「伸治」の命日。
たぶんお婆ちゃんはずっと願ってたんやろな。「伸治」と同じ日に・・・って。
今頃は、お爺ちゃんと伸ちゃんと手を繋ぎ合って笑顔で俺らを見守ってくれてんやろなって思うわ。
ゆっくり休んでください・・・。
登録:
投稿 (Atom)

